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町長室へようこそ No.31

浮島インターから旭川・札幌まで1本の高速道路に

 3月28日、浮島~上川天幕間の自動車道が開通しました。ハサミ入れ式は横殴りの雪でしたが、走り初めには止み、約10km間はトンネルと橋の連続で快適な走行ができました。札幌圏もこれでぐんと近くなり交通の便としては恵まれた環境になります。浮島を通過してしまい、滝上に来る人が減るのではとの声もありますが、ついでに寄るのではなく滝上に行きたいという魅力づくりが大切だと思います。実際、地元に長く住んでいて当たり前の光景が、よそから来た住民には新鮮に映るのです。本州の村では国道も県道もないのに多くの人が訪れるところもあるのですから。町の魅力づくりを高めながら、並行して国道など道路整備についても引き続き要請していきます。

道立紋別病院移管合意

 3月29日道庁において高橋知事と西紋5市町村長が会見し、道から提示された2案(120床移転新築もしくは100床新築プラス60床現病床利用での160床改築案、建築費と8年間の運営費補てん等を合わせて98億円の支援額)に対して、この額の範囲であれば地元の案も尊重するとの道の見解を受け、道からの移管後150床の移転新築に向けて動き出すことで合意しました。
 振り返ってみれば平成19年の町長就任時に、西紋地域医療広域連携構想がありました。道立病院をセンター病院として、町村の国保病院を医師1名の診療所とし、広域で運営するという構想でしたが、なかなか進展せず、道立病院側から「紋別市が中心となって(構想を)進めなければ道立病院は粛々と縮小していくことになる」との説明に道の意図を感じたものです。私は国保病院も含めた広域での運営には反対しておりました。その後広域の構成員から道が抜け、広域連合で運営するのはセンター病院(現道立病院)のみとなり、公設民営は公設公営へと変わり160床の病院を目指すことになったのです。
 今回の合意はゴールではなく2次医療・2次救急の病院を構築する新たなスタート地点に立つもので、23年4月の移管に向けて多くのハードルを越えながら進めていくことになります。

37人の新入生

 先月に引き続き滝上高校の話題です。3月8日に入学式があり、今年の新入生が37名となりました。これは平成8年当時の数(38人)に匹敵するそうです。ちなみに2・3年生合わせて44名ですから1年生の多さがわかります。近年は生徒数が減少し、常に高校の存続問題が課題となっていました。今年も募集前は生徒確保に危機感を持っていましたが、地元進学率もクリアし紋別や西興部の中学校から多くの生徒が滝上高校を選んでくれたことを大変うれしく思っています。同時にこれは、これまでの滝上高校の教育が好ましい評価をいただいた結果であろうと考えています。入学式は整然とした中で挙行され、地元出身の生徒が多くの仲間の中で勉学や部活に励む姿を想像し、キラキラ光るその姿にお祝いの拍手を送りました。同日開かれた着任教職員の歓迎会でも、都市部の高校から着任した先生方より、前任校とは違う滝上高校ならではの純粋な生徒の姿に好感の声が聞かれました。

 入学式の祝辞で中條高徳さん(アサヒビール名誉顧問)の「おやじの弁当」の話をしました。「子は親の心を実演する名優である」という良い実例として、樋口清之国学院大学教授の友人で、よく貧乏に耐えてひたむきに努める人がいた。その友人が勉学に励んだ動機は「おやじの弁当」だという。彼はある日、母の作る父の弁当を間違えて持って行ってしまった。彼曰く、おやじの弁当は軽く、俺の弁当は重かった。おやじの弁当箱はご飯が半分で、自分のにはいっぱい入っており、おやじの弁当のおかずは味噌がご飯の上に載せてあっただけなのに、自分のにはメザシが入っていたことをこの時初めて知った。父子の弁当の内容を一番よく知っている両親は一切黙して語らず、肉体労働をしている親が子供の分量の半分で、おかずのない弁当を持ってゆく。これを知った瞬間「子を思う親の真(愛)情が分かり、胸つまり、涙あふれ、その弁当すら食べれなかった。その感動の涙が勉学の決意になり、涙しながら両親の期待を裏切るまいと心に誓った」という。

3年間をどのように過ごすかが、将来に大きな影響を及ぼします。そしてその選択をするのは誰でもない自分自身なのです。

滝上町長  長屋栄一

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