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町長室へようこそ No.1

今回からホームページや広報誌に、「町長室へようこそ」と題して、町長自身の思いを掲載し発信していくこととなりました。今回は第1回目ですが、今後ともご愛顧のほどよろしくお願いします。
町長室へようこそ
町長室へようこそ No1
平成19年8月15日

 早いものですね、町長に就任してから3か月余りが過ぎました。あいさつ回りや、各種団体の会議などへの出席、町の行事、町長としての施政方針を示す定例議会、西紋別地区や旭川紋別間高規格道路・網走管内などの開発期成会の暑い暑い東京夏季陳情も無事終えて、一息ついているところです。
 今回から役場のホームページや広報紙に、いろいろな会議や行事に参加した感想や時々の話題について、私の思いを載せることにしました。読んでいただければ幸いですし、「町長へのメール」に感想などいただくとうれしいですね。
 酪農家としての肉体労働の毎日から一変してこの仕事に就き、体の筋肉が変調をきたしていました(首がガチガチに凝って大変でした)が、ようやく慣れてきました。でも牛の顔を見るとなぜかほっとしてしまう今日このごろです。

〔滝上は長寿の町〕
渓樹園の五十嵐清さんがめでたく110歳を迎えられました。いま男性の最高齢が111歳ですから日本の最高齢になる可能性もありますね。先日お孫さんがきて碁を2局やったそうです。碁を打つときは背筋がピッとなられると、左京施設長が感心しておられましたが、お元気なのは何よりです。園には105歳になる岡崎トキワさんもおられます。明治生まれの気骨もさることながら、渓樹園の環境もよいのだと思います。
さらに、町には今月100歳を迎えられる斎藤直政さん、11月に100歳を迎えられる木村龍三郎さんがおられます。人口3000人の町でこんなに長寿の方がいるというのは素晴らしいことです。水・空気・食べ物・そして人、という要素がうまく機能しているのではないでしょうか。

〔7月15日〕
終戦記念日を迎えますが、町では戦争でなくなられた英霊のために忠魂碑を建て、追悼式を毎年7月15日におこなっています。そのおりの挨拶でお話させていただいたのですが、滝上神社境内横の忠魂碑〔昭和14年に移転するまで現役場庁舎の敷地にありました〕の文字を揮毫されたのは、旭川にあった陸軍第七師団長 渡辺錠太郎中将です。愛知県出身、独学で陸軍仕官学校に入り陸大を首席で卒業、ドイツ・オランダ公館に在住し、給料の半分を洋書の購入にあてるなど、陸軍きっての知性派といわれた人です。
昭和史の大きな事件のひとつに2.26事件があります。昭和11年2月26日未明、陸軍青年将校ら1500人が首相官邸などを襲撃したクーデターですが、これによって当時の内大臣 斎藤実、大蔵大臣 高橋是清、そして教育統監であった渡辺錠太郎大将が殺害されました。叛乱軍に奉勅が下り皇道派の首謀者17名は死刑。統制派が中心となって戦争遂行への道を歩んでいくのですが。その殺害現場に旭川で生まれた9歳になる次女の和子さんが居合わせ、目の前で軽機関銃で撃たれる父を見ていたそうです。後に彼女は青年将校たちの情熱と軍事力を裏で操っていた人がにくいと述懐しているのですが、現在80歳になる渡辺和子さんは日本を代表する教育者の一人となりました。
忠魂碑に刻まれた渡辺錠太郎中将をたどっていき、この事実がわかりました。わたしたちは多くの犠牲の上に今の日本の繁栄があることを忘れてはならないし、そのことを風化させないために追悼式をおこなう意義があると考えています。
滝上町長  長屋栄一

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